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腕時計の誕生から発展-1960年代まで

第一次世界大戦は、腕時計が世界的に普及する大きなきっかけです。
また、二度の世界大戦は、
その後の時計の技術を進化させる上で、貴重な基礎技術を生み出します。

戦争がきっかけとなる腕時計の誕生

初期の腕用革ベルト付懐中時計

1700年代頃から使われるようになった懐中時計は、ポケットからいちいち取り出して蓋を開け、時刻を確認する必要がありましたが、王侯貴族・僧侶や上流階級の人々が日々の生活に使う限り、不便さはありませんでした。
また、19世紀の初め頃から、高貴な女性用の装身具として、ブレスレットをつけた宝飾品のような1個づくりの腕時計が存在したようで、最も古いものは、ナポレオン皇帝が1806年に、皇妃ジョセフィーヌのためにパリの時計宝飾師二トーに創らせたものであったと言われていますが、時計のサイズが小さくて視認性に劣り、精度も悪かったので、懐中時計と違って普及はしませんでした。
その後、19世紀の後半以降になると、武器や電話・通信技術の発達もあって、戦争のやり方が時刻に合わせて様々な作戦を実行する近代戦へと変わっていき、戦場では時計がより重要な役割を果たすようになります。兵士たちは、敵に隙を与えないよう迅速に時刻を確認しながら、砲撃などの作戦を間断なく実行する必要に迫られていましたが、トレンチコートの下などに入れていた懐中時計では、いざという時に出しづらい不便さがありました。

ジラール・ペルゴー世界初の量産腕時計
SOWIND SAより

このことが,腕時計の開発・発展の契機になります。1880年頃ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世がドイツ海軍将校用にジラール・ペルゴー社に2,000個の腕時計を製作させたという記録があり、これが懐中時計を腕に巻く専用の革ベルトが付いた量産された初めての腕時計だと言われています。この時計には、ガードのためにダイヤルの上に頑丈な網目状の金属製カバーが取り付けられていて、手首にくくりつけて時計を使ったことで、砲撃のタイミングが常に容易に測れただけでなく、懐中時計を手に持っていた時は片手しか使えなかったものが、腕に巻きつけたことにより両手で自由に戦えるようになったのです。ただし、この時計は戦場では使われず、あくまで訓練用だったようです。
その後、1899年から1902年の第二次ボーア戦争で、イギリス軍兵士たちが初めて戦場で腕時計を着けて戦ったと言われており、こうして戦争中の兵士に腕時計の便利さが認識されていきます。

第一次世界大戦による腕時計の軍隊での普及

多くの国を巻き込んだ1914~1918年の第一次世界大戦は、腕時計の普及を促す大きな契機となりました。すでにモールス信号や音声信号といった無線技術による戦争の指揮・伝達が導入され始めた戦場では、戦略を遂行する上で腕時計が不可欠でした。
米軍の要請を受けて、ハミルトンは軍用時計の生産を開始し、1912年には米陸軍でいち早く軍用時計が標準支給品となったと言われています。

ブライトリング クロノグラフ
ブライトリング・ジャパンより

また、ブライトリングは、限られた燃料で空を飛ぶパイロット用に30分まで計測できるストップウオッチ機能を装備した世界初の専用プッシュボタン付クロノグラフ腕時計を、早くも1915年に開発します。
こうした戦争用に開発された時計が、その後の腕時計の機能やデザインを決め、第一次世界対戦後一般の人々にも次第に普及していきます。
戦場で腕時計を初めて用いた軍人たちが、社会に戻ってからも腕時計を使うようになったことで、腕時計への抵抗感が減って、徐々にその裾野が広がっていったのです。

懐中時計の時代から腕時計の時代へ

セイコー ローレル

日本では、セイコーが1913年に日本初の腕時計「ローレル」を発売します。当時日本で懐中時計の量産化に成功し製造・販売を継続していたメーカーは精工舎だけだったので、小型の懐中時計ローレルとムーブメント・外装を兼用化することで、日本で初めての腕時計ローレルを製品化できたのです。
当時は、一部の軍人だけが、腕時計の存在を知っていた程度でしたが、セイコーの創業者服部金太郎は、近い将来、日本にも腕時計の時代が来ることを予見して、いち早い開発を行いました。その後、セイコーは1923年の関東大震災による大困難を乗り越えて、1924年以降、本格的な腕時計の量産化を図っていきます。

一方、海外では1926年に、ローレックス社がケース内に湿気や埃の入らない防水性と防塵性を備えた世界初の腕時計「オイスター」を開発したことで、腕時計の故障が減って精度も安定し、腕時計の需要が喚起されていきます。
ローレックスは、1910年に腕時計として初めて、スイスクロノメーター歩度公認検定局から、クロノメーターの公式証明書を獲得したメーカーですが、懐中時計と比べて、常に腕につけられることで外界の衝撃にさらされる腕時計には、精度や耐久性に劣るという一般的な偏見がありました。この「オイスター」は、その腕時計への偏見を打破する上で、とても大きな貢献をしました。

自動巻腕時計の発達

アブラアン・ルイ・ブレゲ

腕時計の発展には、腕に付けてさえいれば自然にぜんまいが巻ける自動巻腕時計の発達を抜きには語れません。
1777年に、スイス人アブラアン・ルイ・ペルレが世界で初めて懐中時計のぜんまい装置の中央軸に固定した振動体を付けることでぜんまいの自動巻機構を発明し、続いてアブラアン・ルイ・ブレゲが、1780年に分銅振り子を使った自動巻機構を開発しますが、懐中時計という特性上からか、その利便性があまり注目されず、長い間普及しませんでした。

アブラアン・ルイ・ブレゲ

その後、腕時計が次第に知られるようになると、1924年にイギリス人のジョン・ハーウッドが、新たに半回転式のローターを利用して腕時計のぜんまいを巻き上げるという画期的な自動巻機構の発明で特許を取得し、1926年に世界で初めての自動巻腕時計がスイスのフォルティス社から発売されます。

その後、ローレックスは、1931年に360度回転するローターを持つ現代の自動巻き機構の原点ともいえる有名な「パーペチュアル」を開発し、続いてそれに独自の防水機構を加えた防水自動巻時計「オイスター・パーペチュアル」を発売して、量産品としての自動巻時計の普及の端緒を開きます。
普及を大きく促進したのは、1963年にセイコーが発売したセイコースポーツマチック・ファイブです。

セイコースポーツマチック・ファイブ

個人の時計は腕時計の時代へ

1927年には、ニューヨークからパリまでの大西洋単独無着陸飛行をしたチャールズ・リンドバーグがその計測時間を測るために、ロンジンを使用し、世間の評判になりました。
また1931年ジャガー・ルクルトは、ポロ競技中の衝撃から時計を守るために本体が裏返せる機構の「レベルソ」を発売し、ローレックスもアールデコデザインの「プリンス」を投入するなど、腕時計のデザインや外装の斬新さが話題となりました。

こうして、腕時計は、より実用的な道具として、あるいは手首でファッション性やステータスをアピールする装身具として、社会に認知されるようになります。
結果として、1930年頃には、日本でも世界でも腕時計の生産数が懐中時計の生産数を上回り始め、1930年代中頃には時計の主流が完全に懐中時計から腕時計に移行していきます。 女性用の小ぶりサイズの腕時計の登場や、部品の共通化や量産化によって腕時計の単価が下がり、軍人や上流階級以外の層にも、段階的に腕時計が普及していったのです。

第二次世界大戦によるミリタリーウオッチの進化

第二次世界大戦中には、レベルアップした特殊機能を持つ腕時計が次々に登場します。
たとえばオリスは、米軍航空部隊用に、3万フィートの上空で厚い革手袋をしていても腕時計の時間帯を変更できる大型リューズのモデルをつくりました。

パネライ ラジオミール
オフィチーネ パネライより

また、パネライは、イタリア海軍の要請で、1940年に自社開発の蛍光物質「ラジオミール」を使って、水中で優れた耐久性を発揮できるようにケースとアタッチメントを同じスティールの塊から製作したダイバーズウオッチを開発する一方、ブライトリングは、1942年に平均速度や消費燃料などが計算できる円形計算尺を装備した「クロノマット」を開発するなど、シビアな飛行中や潜水中の加圧環境の中でも問題なく使えるような、優れた防水性・機密性や便利な付加機能を持った時計が製品化されます。

戦後の腕時計の定着

戦後すぐの1945年にローレックスは、日付が午前0時に自動的に変わる「デイトジャスト」機構を発売し、続く1953年には、本格回転ベゼル付の100m防水を備えるダイバーズウオッチ「サブマリーナ」を発表します。

こうして戦後は、平時でもより便利で実用性のある機能が各社から次々に発売され、腕時計は、平時の普段使いの時計として大きな発展を遂げていきます。
第二次世界大戦によって、機能面で腕時計は大きな進歩を遂げましたが、その後の平和な時代に入ると、プロユースからカジュアルなものも多く登場し、モータースポーツにあったクロノグラフや、マリンスポーツにあったダイバーズウオッチなどのファッション性を備えたスポーツ時計、あるいは薄型や角型の正装にあったドレスウオッチが多く発売されるようになりました。

ダイバーズウオッチ

クラウンクロノグラフ

今まで見てきたように、腕時計は、戦争中でも兵士が瞬時に時刻を確認する必要性から開発され、その後も戦争を主なきっかけに、防塵・防水・加圧を含む耐久性や自動巻・日付機能・蛍光機能・クロノグラフ付などの実用基本機能が徐々に充実していき、懐中時計以上に、日常生活に不可欠で便利な道具、あるいはステイタス・シンボル的な装身具として、進化・発展を遂げていきます。

尚、高精度や潜水防水、多機能クロノグラフや複合カレンダーなどの更なる高機能、加飾・宝飾などの装飾性など、更なる高付加価値を持つ時計が登場するのは、その後の、主として1960年代以降の話になります。

参考文献
  • 「傑作腕時計百年図鑑」世界文化社
  • 「軍用時計物語」  今井今朝春