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脱進機の進化1

- しくみと初期の脱進機 -

1. 脱進機のしくみとは?

脱進機 調速機

時計は人類が最初に手にした機械とも言われていますが、人類は、社会経済の発展とともに、より正確な時刻を求めるようになり、その時計の精度を追求するために、さまざまな技術革新を重ねてきました。
具体的には、調速機と脱進機の両方の開発が長年に渡って行われました。
調速機は、初期の棒てんぷと振り子の組み合わせから、姿勢や温度変化に左右されずに一定の等時性を保ち、より細かく正確な振動をする円てんぷに進化しました。
脱進機は、調速機が同じ間隔での往復運動を持続させるために、常に間欠的な力を与え続けながら、歯車を一定間隔で回転させる部品ですが、精度と耐久性を求めて様々な方式が開発されました。

アンクル がんぎ車

脱進機は、初期の冠型や一部の特殊な機構を除いて、動力ぜんまいがほどける力によって、歯車の輪列の最後に位置して廻るギザギザの歯車「がんぎ車」と、振り子やてんぷと連動して、往復運動による規則正しい振動でがんぎ車の歯を一つずつ正確に進める「アンクル」とで構成されています。形状が船の錨(アンクル)の形に似ていることから、こう呼ばれています。

アンクルは、動力であるぜんまいが一気にほどけないように、がんぎ車の回転に一定のブレーキをかけ続けながら、がんぎ車を一定のスピードで廻していると同時に、振り子やてんぷが常に正確な等時性で振動をし続けるための力も与えています。また、輪列の一方向の回転運動を、調速機の往復運動に変換する役割をも担っています。

調速脱進機の動き

これらは正確に時を刻みながら休みなく動く時計の心臓部品ですので、機械式時計の進化の歴史は、調速機と脱進機の発明と改良の歴史といっても過言でありません。
これらを合わせて調速脱進機とも呼んでいますが、ここでは特に、時代に合わせて精度の向上・進化に大きく貢献した、主な脱進機の発明を、その人物や背景と供に見ていきます。

2. 棒てんぷと冠型脱進機

棒てんぷと冠型脱進機

最初の機械式時計は1300年頃のルネッサンス期の塔時計に始まりますが、動力の重錘で歯車が一気に回転しないように、棒てんぷ(フォリオット)と「冠型脱進機(バージ・エスケープメント)」で、歯車の回転速度を一定に保っていました。
冠型脱進機では、棒てんぷの心棒に脱進機の歯車の歯に噛み合うように上下で約90度に開いた二枚の爪(パレット)がついています。この上下の爪が冠の歯を片方で止めて片方で進めることを交互に繰り返すことで、棒てんぷを左右に揺らしながら、チックタックと音を立てて、1秒間に1から2回の往復の振動で、時を刻んでいました。振動の周期が長いのは、噛み合う爪の振り角が大きいためでした。
ただし、棒てんぷには、等時性がありません。また、重りの力が直接冠型脱進機にかかるため、爪や歯の摩耗も激しく、1日に一時間程度の誤差がありました。当時は、棒てんぷの両側にある分銅の位置を変えることで振幅のスピードを変えて、時間の進み遅れを調整していたのです。

ホイヘンスの振り子時計

その後、1656年オランダの天文物理学者クリスチャン・ホイヘンスが、棒てんぷの代わりに、ガリレオが発見した振り子の等時性を利用した、世界で初めての振り子時計を発明します。この時の脱進機もまだ冠型(バージ)でした。バージ脱進機は振り子の揺れに干渉されやすく、摩擦で摩耗するため、安定的な精度を出すには限界がありましたが、それでも、棒てんぷと比べて振り子は等時性に優れているので、10倍以上精度が向上したのです。
ホイヘンスは、1675年にらせん状のひげぜんまいを使ったてんぷの制御機構であるてんぷぜんまいも発明しており、これによって精度がまた一段と向上して、時計に分針が付くようになったといわれています。

3. フック、クレメントの退却式アンクル脱進機

退却式アンクル脱進機

1660年頃時計用に直線ひげぜんまいを発明したイギリスの科学者ロバート・フックは、1656年にホイヘンスが発明した振り子クロックを研究し、その振幅を大幅に抑えることを可能にしたアンクルとがんぎ車から構成される「退却式アンクル脱進機」をその後発明しました。

次いで、1671年頃同じくイギリス人の時計師ウィリアム・クレメントが、フックの退却式脱進機を改良してその後の普及に大きく貢献します。冠型脱進機では、おおきな爪(バージ)に合わせて振り子の振幅角度がどうしても30度以上になり振動周期が長くなるのに対して、退却式アンクル脱進機は、2度から5度程度の小さな振り子の振幅で動くために、長さ1mにもおよぶ長い振り子を使用することができ、より正確な等時性が保たれるようになりました。

また、振り子のリズムに合わせてアンクルの爪が正確にがんぎ車の歯の回転スピードを進めることができたため精度が飛躍的に向上し、その後秒針も付くようになり、間もなくクロックの脱進機は冠型からアンクル脱進機にとって代わるようになりました。
ただし、この退却式アンクル脱進機は、その脱進歯車の動きが秒針の回転にも影響を及ぼすという難点がありました。退却とは歯車が文字通り後退することを意味しており、がんぎ車が前進の直後にやや後退する時に、秒針にこの余分な動作が伝わって、それが精度に微妙な悪影響を及ぼしていたのです。