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脱進機の進化2

- 17世紀後半から18世紀後半の脱進機 -

1. 17世紀後半から18世紀後半に脱進機進化に貢献した3代の師弟関係

トーマス・トンピオン
ジョージ・グラハム
トーマス・マッジ

2. トンピオンのシリンダー脱進機

トーマス・トンピオン

イギリス人の時計職人トーマス・トンピオンは、1675年頃にクロック用の退却式脱進機を応用して、懐中時計用に改良したと言われています。また、1695年に置時計用により精度のいい「シリンダー脱進機」を発明します。

シリンダー脱進機

これは、アンクルは無く、がんぎ車の爪がてんぷの軸にある半円筒状のシリンダーの回転によって停止・衝撃を繰り返しながら、一定の速度で回転する機構でした。ただし、これは耐久性に難があり、摩耗も激しいものでした。
また、トンピオンは、親交のあったロバート・フックよりアイディアを得て、1675年にひげぜんまいを使った円てんぷを作り、小型化と高精度化を同時に実現した、分針を持つ懐中時計の製造でも知られています。ホイヘンスも、1675年にひげぜんまいをつかったてんぷ(てんぷぜんまい)を発明した者として知られていますが、それは懐中時計用ではなく、航海用時計を作り出す過程でのものでした。
また、時計の製造を分業化し、フックと共同開発した歯車を正確に切削するロータリーカッターを使用して部品の製造技術を向上させるなど、時計の量産の道を拓いた先駆者であったために、後年「イギリス時計産業の父」と言われるようになりました。

3. 弟子グラハムによる直進式アンクル脱進機

ジョージ・グラハム
直進式アンクル脱進機

続いて、更にそれらの欠点を改良したのが、トンピオンの弟子イギリス人ジョージ・グラハムです。まず彼は、1715年にクロック用に「直進式アンクル脱進機」を発明します。

直進式とは、かんぎ車からアンクル、振り石、天真までを直線状に配列したアンクル脱進機のことです。これは、歯車の退却(後退)がないので、振り子にアンクルの爪が触れる時間が短く、抵抗が少ない分だけ振り子の等時性が保たれ、秒針も後退せずにピタリと静止するという、時計史上画期的な機構でした。
グラハムはその後1720年頃に、爪が半円筒状のトンピオンの置時計用のシリンダー脱進機を小さな懐中時計用に改良し、円てんぷの衝撃や摩擦を最小限にして、精度の向上した持ち運びのできる懐中時計を実用化しています。
これによって、従来懐中時計に使われていた冠型脱進機のバージ(爪)がなくなって、懐中時計が薄くなり、精度も上がりましたが、この製造は加工が難しく、摩耗して耐久性もあまり良くないという課題がありました。

4. マリンクロノメーター用の脱進機

グラスホッパー脱進機

一方で、1714年に施行された経度法の条件を満たすマリンクロノメーターの開発で有名なイギリス人ジョン・ハリソンが、彼の最初のマリンクロノメーターH-1に搭載すべく、1720年代に、がんぎ車にかかる爪の摩耗を減らし、揺れる海上でも摩擦や振動に強い「グラスホッパー脱進機(バッタ式脱進機)」を発明しています。

デテント脱進機
ピエール・ル・ロワ

その後、海洋時計用の脱進機としては、1748年にフランス人ピエール・ル・ロワが、画期的な「デテント脱進機(クロノメーター脱進機)」を開発します。

これは、航海中の大きな温度変化が金属に及ぼす影響を正しく補正するバイメタルの切りてんぷに、アンクルがなくがんぎ車が直接てんぷに衝撃を与える構造によって、がんぎ車と振り石との摩擦や留め石との衝撃を少なくして、てんぷに与える影響を少なくしたマリンクロノメーター用の優れた脱進機でした。ぜんまいの巻き量によるトルクの変動を抑えたフューゼ香箱を組み合わせることで、更に等時性の向上を保つ工夫もありました。

その後、イギリス人のジョン・アーノルドやトーマス・アーンショーが、その構造を改良して、板バネの弾力によってがんぎ車の歯を一つずつ進めるスプリングデテント方式(板バネ式)を作り、更にその改良形として、軸にあるひげぜんまいのような螺旋状のバネの弾力でがんぎ車の歯の動きをより正確に制御するピボテッドデテント方式(軸止め式)が生まれるなど、ル・ロワは、近代マリンクロノメーターの精度の発展のもととなるデテント脱進機のその後の開発に道筋をつける意味で、多大な貢献をしました。

スプリングデテント脱進機
ピボテッドデテント脱進機
二重脱進機

同じくル・ロアは、がんぎ車の歯が、てんぷを振動させる衝撃用の歯と休止させる歯との上下二重構造になっている「二重脱進機(デュプレックス脱進機)」も発明します。これは、回転と停止だけで歯車の後退が無いために精度が良く、機構が簡単だったので、懐中時計(ウオッチ)の脱進機としてその後普及します。ただし、がんぎ車の加工が複雑で、生産性に難があり、広くは用いられませんでした。

5. マッジによる革新的なレバー脱進機

トーマス・マッジ

1756年頃、イギリス人のトーマス・マッジは、現代の脱進機にも繋がる、貴石入りの「分離式レバー脱進機(ラチェットトゥース・レバー脱進機)」を発明します。
彼は、グラハムのもとで修行して時計職人になりますが、グラハムが発明した懐中時計用のシリンダー脱進機はまだ加工が難しかったので、グラハムのクロック用の直進式アンクル脱進機を、ウオッチ用に応用しようと考えたのです。

分離式レバー脱進機

ウオッチでは、持ち運びをする際のてんぷへの衝撃や摩擦を最小限にしないと精度が向上しませんが、彼はそれらをより減らすために、てんぷとがんぎ車を分離して間接的に連動するためのレバーを間に組み込みました。また摩耗の激しい爪の先端部分には、ルビーやサファイヤなどの貴石を使い、精度の維持・向上をはかりました。

6. 現代のクラブトゥース脱進機に応用される画期的な発明

クラブトゥース・レバー脱進機

この構造は、シンプルでありながら部品を高い精度で大量に生産するのに向いており、生産の難しい二重脱進機に替わって、その後クラブトゥース(ゴルフのクラブヘッド状の歯)・レバーをもつ「クラブトゥース脱進機(スイスレバー脱進機)」にも応用され、大きく普及して、その流れは現代にも続いています。
英国式ともいわれるラチェットトゥース・レバー脱進機は、がんぎ車の歯先が尖っており、点でアンクルの爪石に作用するために、歯先も爪石も摩耗しやすいという短所がありましたが、スイス式のクラブトゥース・レバーは、がんぎ車の衝撃をクラブトゥースの面で吸収するために摩耗が少なく、爪石調整が可能で精度も安定するという長所があったために、形状としては、クラブトゥースに切り替わっていったのです。

いずれにしても、その基となったマッジのレバー脱進機は、時計工業の発展においては、機械式ウオッチに生産革命を起こした画期的な脱進機でした。
産業革命は、ジェームス・ワットが発明した蒸気機関の実用化が成功した1775年に始まるといわれていますが、それに先立つこと、約20年も前に、現代の時計工業の発展の原点になった、大量生産向きのレバー脱進機が発明されていたことは、より早い産業革命の開始を示唆する意味で、とても興味深い話です。