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自然の力を利用した時計

人類が最初に作った時計は自然の力を利用した時計でした。太陽の動きをそのまま利用した日時計から、一定の速さで変化する物質を活用した水時計や燃焼時計など、当時の人々の工夫が見えてきます。

水時計

水時計

太陽が出ていないと日時計は使えません。そこで、水時計がやはりエジプト人によって、発明されました。
エジプトでは紀元前1550年頃にすでに水時計を用いていました。すり鉢型の瓶に日が暮れると同時に決まった高さまで水を入れます。側面下部には小さな穴が開いており、そこから水は漏れていき、水面の高さを瓶の内側の目盛りで計測する事で時刻を知りました。
この水時計には夜の時刻目盛が記されており、昼は日時計を、夜は水時計を使っていたことが分かります。

漏刻

中国においても水時計の歴史は古く、周代(紀元前1046~771年頃)に水時計の管理をする役人についての記録が残っています。

日本の水時計(漏刻(ろうこく))は中国から渡来しました。中大兄皇子(後の天智天皇)が西暦660年に漏刻を造り、西暦671年に日本で初めて民に鐘や太鼓で時刻を知らせました。この日が今の暦で6月10日に当るため、大正時代に6月10日を時の記念日に制定しました。
漏刻は最初の桶に水が注がれ水は低い桶に流れていきます。最後の桶には浮きの付いた矢等があり、水が増えるに従って矢は浮いていきます。矢には時刻目盛りがあり、その目盛りの位置で時刻を知る事ができました。
日本でも時刻管理は昼夜休まず行なわれていました。

水運儀象台

中国北宋時代(1088年)にその頃の中国天文学と機械工学の粋を集め科学者蘇頌(そしょう)による水運儀象台(天文観測時計塔)が発明されました。これは動力が水車で、棹秤(さおばかり)を用い、天体観測も出来る精度の高い水時計でした。

(長野県の諏訪湖時の科学館儀象堂で原寸サイズで復元された水運儀象台をご覧になれます。)