ここから本文です

携帯できる時計

世界で最初の携帯できる時計 -首時計・胸時計―

1. 移動・携帯が不可能だった最初の機械式時計

ムンバイの塔時計(撮影者:Nichalp)
ムンバイの塔時計(撮影者:Nichalp)

今でこそ時計が携帯できないことなど想像できませんが、かつて時計は大きなサイズが必要で、携帯することはもちろん、移動することさえできませんでした。 

日時計など、自然の力を利用した時計に代わって機械式時計ができたのは14世紀前後と言われています。
最初の機械式時計は、動力に錘を使っていました。紐の先につけた錘を巻き上げ、錘が下がっていく力を利用して時計を動かしました。
錘を使う時計は、錘が上下するための高さが必要になります。このため最初の機械式時計は、高い建物の屋上や、塔の上に設置されました。移動することは考えられませんでした。
巻上げられた錘は、負荷がないと一気に下がってしまいますので、錘をゆっくりと一定のスピードで下げていく機構・仕組みが必要でした。
これが調速機です。

画像提供(一社)日本時計協会
画像提供(一社)日本時計協会

最初の調速機は「棒てんぷ」でした。図のように錘の重力で一気に回ろうとする歯車(がんぎ車)が棒てんぷの軸に取付けられた上下のつめを交互にキックすることでブレーキが掛かり、一定の回転スピードに制御されます。
時間精度の調整は、棒てんぷの両端の「てんぷおもり」の位置を移動することで、速く進めたり、遅くしたりすることができました。

棒てんぷには、振り子などに見られる「等時性」(振動一回にかかる時間が、振幅に関わらず同じであること)がありませんので、一日に30分から一時間ほどの進み遅れがあり、精度は低いものでした。

このように、大きくて重い時計を移動、更には携帯できるようにするには、錘に代わる動力の開発が必要でした。また、動かしても(傾いたり揺れても)安定して動き続ける調速機が必要でした。
動力源と調速機の両面での技術革新、高精度の加工技術が不可欠でした。

2. 動力ぜんまいの発明による小型化、移動できるようになった時計

動力ぜんまい
動力ぜんまい

まず、最初の技術的進化は動力ぜんまいの発明です。
ぜんまいは錘に比べサイズが小さくでき、時計の移動や傾きに左右されにくいという特徴があります。巻上げられたぜんまいのほどける力で時計を動かし、小型で移動できる動力を得ることが可能になりました。
ぜんまいを誰がいつ発明したかは諸説ありますが、15世紀後半にはヨーロッパでぜんまいが時計の動力として使われたことが分かっています。

初期の携帯時計は大きすぎてポケットに入れることができず、クサリをつけて、首から胸のあたりにぶら下げて使用しており、ドイツでは「首時計」、イタリアやフランスでは「胸時計」と呼ばれていました。
最初の携帯時計の制作は北イタリアとの説もありますが、ここでは、記録や製品が現存する制作者の一人、ドイツのペーター・ヘンライン(Peter Henlein 1479-1542)の携帯時計を紹介します。 

3. ペーター・ヘンラインの携帯時計

ヘンライン作とされる筒型時計
ヘンライン作とされる筒型時計

ペーター・ヘンラインはドイツ南部のニュルンベルク(Nürnberg)に生まれ、この町で時計を始めとする機械を作って国中に知られる技術者となりました。
ヘンラインが世界で最初の携帯時計を作ったという根拠となるのが、1512年に書かれた書物(Johannes Cochläus: Brevis Germaniae Descriptio )です。「ヘンラインは1510年に筒形の携帯可能な時計を作り、40時間動いた」と書かれています。
ドイツ ニュルンベルクの国立ゲルマニッシュ博物館(Germanisches Nationalmuseum)には、彼が1510年に作った、世界最初の携帯できる時計とされるものが収蔵されています。
この博物館が中心となり、2年近くを掛けCTスキャナーや3D動画合成など最新技術を駆使して、この時計を含む8個の「世界最古の携帯時計候補」が分析されました。調査結果は2014年12月に出ました。

「ヘンラインの時計」には、後世様々な改造や部品の入替えが施されており、世界最古の携帯できる時計ではありませんでした。
きちんと作動せず、実際に動いた形跡もないという結論が出ました。
一方、今回調査した時計のうち、1530年製造で宗教改革者フィリップ・メランヒトンが所有していた時計は、改造がほとんどされておらず、最古の携帯時計である可能性があります。
ニュルンベルク市はこのころ、ヘンラインから多くの時計を買って、贈答品として贈っていました。この時計もその一つかもしれません。
また、今回の調査対象以外に、1505年製で、PHのイニシャルが刻まれた時計が個人のコレクションにあるようですが、存在も中身も確認されていません。
このように真相は未解明で、いまだに研究と議論がされている状態です。

4. ヨーロッパ中で人気を博した「ニュルンベルクの卵」

ニュルンベルクの卵
ニュルンベルクの卵

初期の携帯可能な時計で、ヨーロッパ中で人気を博したものに「ニュルンベルクの卵」があります。
主にニュルンベルクで作られたことから、これもヘンラインの作とされることが多いのですが、現在確認されている一番古い「卵」はヘンライン没後の1550年製であることから、ヘンラインではないという説が有力です。

携帯時計は以降、技術の進展にともない進化していきます。
1675年、オランダ人のホイヘンスが発明した小型で揺れ傾きにも強く高精度な調速機「てんぷぜんまい」により、18世紀中ごろにはポケットに入る懐中時計がつくられ、産業革命を契機に普及していきます。
20世紀前半には新しい脱進機の開発等により更に小型化が進み、第一次大戦を境に腕時計の普及につながっていきます。

参考資料 Germanisches Nationalmuseumウェブサイト
ドイツ紙Die Welt 2014年12月2日付記事
Wikipdia Peter Henlein, Nürnberger Ei, Torsionspendel