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調速機の進化

ふりこやてんぷは、より正確な周期で振動するように、
脱進機の衝撃による摩擦や温度変化などによる変形がないように進化していきます。

調速機のしくみとは?

調速機とは、時計において時を刻む一定の速さを生み出す装置で、時計の運動の速度を自律的に調節するしくみとも言え、脱進機とならんで、機械式時計の精度をつかさどる極めて重要な機構です。一般的には、振り子やてんぷが調速機にあたります。
機械式時計が出来る前までは、孔から漏れる水や砂の量、ローソクが燃焼する量などが一定である事が時計の役割を担っており、水、砂やローソク自体が調速の役目を果たしていました。

棒てんぷと冠型脱進機

1300年頃のルネッサンスの時期に、塔時計によって人類最初の機械式時計が出来て以降は、正確な等時性を持つ振り子にとって替わられるまで、調速機の役割を担っていたのは、棒てんぷ(フォリオット・バランス)でした。
棒てんぷは、ほとんどの場合、棒状のてんぷの両端の先が櫛状になっている箇所に錘(分銅)が吊下げてあり、棒てんぷの主軸には、上下の爪に噛み合う冠型脱進機が付いていて、爪が上下交互に振られることで棒てんぷが往復運動をし、その一定のスイングスピードで冠の歯が一定スピードで廻っていました。天秤の原理で錘の位置を内側外側に調整することで、棒てんぷの回転スピード、ひいては、冠型脱進機の歯の進むスピードを通して、針の動くスピードを進めたり遅らせたりして調整していたのです。
棒てんぷは、塔時計に使われたのみならず、少なくとも17世紀の中頃までは、室内で使用された重錘式ランタンクロックや、持ち運びの出来る直径10cm以上もある大きな初期の懐中時計にも使われていました。

等時性のある振り子時計の誕生

ガリレイの振り子時計の図

その後、宗教裁判にかけられて「それでも地球は動いている」の有名な言葉を残した天才科学者ガリレオ・ガリレイが、1583年振り子の等時性を発見したことで、機械式時計は、まだ周期運動でコントロールされていなかった非周期制御時代から、一定周期で連続振動する共振制御時代に切り替わります。1637年、ガリレオは振子時計を考案しますが、完成には至りませんでした。

ホイヘンスの振り子時計

ガリレオの死から14年後の1656年にクリスチャン・ホイヘンスが、冠型脱進機の重錘時計に、振り子を用いたのでした。具体的には、調速に利用していたフォリオットの揺れを一定に保つために、振り子を加えてその等時性を活用し、更にはサイクロイド曲線の理論にのっとって、振り子の振り幅を制限する補正板を両側につけたのです。
これによって、当時改良が進んでいたとはいえ一日15分程度の誤差があるのは普通だった棒てんぷで調速する時計から、一日数分程度の誤差しかない正確な振り子付き時計が発明されたのです。

より正確なロイヤル振り子時計

ロングケース・クロック
ロバート・フック

初期の振り子時計の振り子にはまだ冠型脱進機が使われていて、冠の歯は大きかったために、振り子の振り幅は必然的に30度以上と大きくなり、振り子は長くできませんでした。振り子の等時性は、振り子が長くて重い方が安定するために、イギリスの時計職人ウイリアム・クレメントが、1671年頃ロバート・フックの退却式アンクル脱進機を改良して、振幅が2~4度の小さな振幅でも動くようにしたことで、長い振り子によるより正確な時計が可能になったのです。彼は、同年長さが1m以上もあるロイヤル振り子と呼ばれる周期2秒(0.5Hz)の秒単位の精度を持つロングケース・クロックを作り、グリニッジ天文台に設置したと言われています。

てんぷぜんまいの発明による調速機の進化

クリスチャン・ホイヘンス

振り子時計を発明したホイヘンスは、1675年に振り子の替わりに、てんぷぜんまいを用いた携帯時計の製作法も世界に公表します。

クリスチャン・ホイヘンス

てんぷぜんまい

棒てんぷはそれ自体では振動せず、脱進機からの力によって初めて振動しますが、等時性はないのでそれだけでは時計にはならず時を保つ性質も持っていません。一方、振り子とてんぷぜんまいには、周期運動を作り出すしくみと等時性があり、「正しく制御されれば正確に振動を続ける時計になる」という意味では、どちらも時計史においては画期的な発明でした。
これ以降の調速機の歴史は、いかに脱進機の衝撃による摩耗や誤差、あるいは温度変化などによる変形を排除して、正確に振動する材料や機構を作るかに収斂されていきます。

時計の種類と機構:脱進機の進化1

てんぷの構造と振動数

てんぷと脱進機

てんぷぜんまいは、棒てんぷに対して円てんぷ、もしくは単にてんぷと呼称されますが、てんぷは、てんわにひげぜんまいが取り付けられていて、アンクルの往復運動で軸にある振り石が振られることで、ひげぜんまいが振動します。
振り石によって振られた「ひげぜんまい」の回転する角度を振り角といいますが、ひげぜんまいには振り子と同じ等時性があるので、振り角が変化しても周期は変わりません。
この原理は、振り幅が変化しても周期が変わらない振り子の原理と全く同じです。
ひげぜんまいが1秒間に振動する振動数によって、6、8、10振動という言葉が使われ、一般的に8振動以上の時計は、高振動と言われますが、ここでいう振動は往復ではなく片道を1と数えているので、往復のHz(ヘルツ)で言うとそれぞれ3、4、5Hzになります。

振幅に影響する温度の変化を補正する調速機の開発

振り子や円てんぷのひげぜんまいは、「温度が上がると膨張して長くなるため振動が長くゆっくりになり、反対に温度が下がると収縮して短くなるために振動が速くなる」という特性があり、これが一般に知られるようになったのは1725年以降の事です。

ジョージ・グラハム
グラハムの水銀振り子

この特性に着目し、より正確な調速機を求めて、ジョージ・グラハムが水銀によって振り竿の伸びを補正する水銀振り子を1726年に発明し、ジョン・ハリスンは、膨張しにくい鋼鉄と膨張しやすい真鍮のバイメタルによる伸縮補正振り子(簀子型振り子)を1735年頃開発します。
その後、同じくイギリス人のエドワード・トロートンが、バイメタルを応用した円筒型の円筒振り子を1845年に作り、ウエストミンスター寺院(通称ビックベン)の塔時計に使われて、その精度向上に大きな貢献をしました。

ジョージ・グラハム

ギヨームてんぷ
シャルル・ギヨーム

その後、1897年にスイス人シャルル・ギヨームが、クロノメーターのひげぜんまい用に温度変化時でも体積膨張の少ないニッケル合金のインバー(不変鋼)を発明します。
また、懐中時計用には1899年ニッケル合金を使った温度補正に優れたバイメタル構造の切りてんぷであるギヨームてんぷを開発。その後1913年にインバーを改良し、温度変化時でも体積もバネ力の変化も少ないニッケル鉄クロム合金のエリンバーを発明し、ひげぜんまいやてんぷの進化による時計の精度向上に大きな貢献をしています。

ショートの自由振り子時計

ショート・シンクローム時計

1921年には、イギリス人W・H・ショートが、なんと1日に1000分の1秒から2秒の誤差しかないという高精度を持つ天文台用の自由振り子時計(ショート・シンクロノーム時計)を発明します。

これには、空気抵抗がなく、気圧や気温・湿度の変化のない真空ケースの中に吊るされた自由振り子に30秒毎に小さい衝撃を1回0.3秒間だけ与える脱進機の役割を持った副時計がついていました。この機構によって、この振り子は、脱進機の干渉を受ける100分の1以外の期間は、まったく自由に正確に振動することができ、極めて高精度が保たれるのです。この時計は、最初エジンバラ天文台に設置されましたが、その後高精度が認められて、グリニッジ天文台はもとより世界各国の天文台に設置され、高精度の天文台の標準時計として長い間活躍しました。

セイコーの特殊合金によるひげぜんまいの開発

ひげぜんまいの開発では、エリンバー系で硬度をアップした合金ニバロックスが1933年に開発されます。
一方セイコーは、エリンバー系ではなくニッケルの替りにコバルトを使用して、温度変化によって弾性が変化しない、独自のコエリンバー系の合金を開発し、1964年から材料の熔解から製品までの一貫生産に成功し、SPRON200と名付けます。
また、現在の高精度を保つ機械式グランドセイコーのひげぜんまいには、更に耐衝撃による微妙な変形や外部からの磁気の影響を取り除くために、百種以上に及ぶ材料の熔解試験から最も相応しいひげぜんまいの材料条件を選んで、2007年に5年越しで開発した、セイコー独自のSPRON610が使われています。

水晶時計から原子時計に

尚、調速という概念からは少し外れますが、1秒間の振動数(周波数)をより増やすことで、より正確な時計作りが進みます。

水晶

まず、1927年にアメリカ人のウォーレン・マリソンによって、水晶の正確な逆ピエゾ電気効果による高振動を利用した日差100分の2秒の水晶時計が作られ、1940年頃には、日差1000分の1秒となり、まもなく、ショートの自由振り子時計の精度を追い抜いて、世界中の天文台の標準時計になっていきます。
更に、1949年には、アンモニア分子中の原子の振動を利用して、水晶時計を自動的に制御する原子時計が作られて、既にこの時、今の原子時計時代の幕開けが始まったのです。
セイコーは、1969年に、水晶振動子を音叉の形状にカットし、それを真空管の中に封入することで、水晶振動子が1秒間に32,768振動する高精度のクオーツ腕時計を世界で初めて製品化します。
時計の精度技術はさらに進化し、現在最も高精度な時計はセシウム原子時計です。その原理は、91億9263万1770Hzの固有振動数をもつセシウム原子に、きっかり同じ周波数のマイクロ波を照射すると、共鳴し励起(エネルギーが高くなる)する現象を利用することにより「極めて正確で安定した時間(1秒)」を得ています。
この誤差は、3000万年に1秒程度と言われています。また更にレーザー光が作り出す光格子の周波を利用する光格子時計では、518兆2958億Hzという桁違いのレベルの開発が進んでおり、この技術開発では日本が世界をリードしています。

参考文献
  • 「調速機  時計理論マニュアル4」   第二精工舎 
  • 「時計のはなし」  平井澄夫     朝日新聞出版サービス
  • 「時計」      山口隆二     岩波新書