部品の改良

脱進機の進化の歴史は、振り子やテンプが振動している振動周期の全期間において、いかに歯車の干渉時間を減らして摩擦による誤差を少なくするかを追求する歴史でした。
今日も、各メーカーは、脱進機の摩擦軽減と軽量化による精度の向上、加えて駆動効率の改善、そして、脱進機への無注油化によりオーバーホールの間隔を長くすること等を脱進機の進化の方向に据えて、開発を継続しています。
シリコン素材を、ひげゼンマイのみならず、ガンギ車やアンクルに使うメーカーが増えていますが、これもシリコンが平滑面を持ち硬くて軽いので、摩擦による精度誤差が減ると同時に、注油の頻度を減らすことができるからです。調速脱進機が帯磁すると精度が狂うだけでなく止まってしまうことがありますが、シリコン素材は帯磁しないことも特長です。さらに、シリコン部品は複雑な形でも量産でき、製造精度が高い強みがあります。
シリコンは固い一方で衝撃を受けると脆い一面があるため、セイコーでは採用していません。その代わりに、ひげゼンマイにはセイコー独自のコエリンバー系の合金SPRON610が使われています。

Grand Seiko MEMS製アンクル・ガンギ車
Grand Seiko MEMS製アンクル・ガンギ車

また、脱進機は半導体の製造技術を応用した高精度の部品製造技術MEMS (Micro Electro Mechanical Systems)でニッケル素材のガンギ車とアンクルを作っています。MEMSによる金属パーツも表面が非常に平滑なために摩擦が少なく、製造精度が高いために駆動効率が上がります。 また、中空の構造を作れるので、パーツの肉を抜き軽量化することができます。 セイコーでは、ガンギ車の歯先に保油構造をつくることで注油の手間を省くことにもつなげています。

新しい機械式時計

その一方で、セイコーは、アンクルとガンギ車との摩擦による誤差を完全になくすために、スプリングドライブという、調速脱進機に代わる独創的な機構を開発しました。ゼンマイがほどける力で輪列を動かす機械式時計でありながら、テンプ、アンクル、ガンギ車を使っていません。その代わりに、水晶振動子からの信号をもとに、ICが輪列の最後の車(ローター)の回転に電磁ブレーキをかけ、その回転スピードを正確に8Hzに制御しています。この機構により、クオーツ時計並の精度を実現しました。

高精度な機械式時計

また、セイコーは、現在でも10振動による高精度の機械式時計を製造販売している数少ないメーカーの一つでもあります。その背景には、エンジンである動力ゼンマイ、心臓であるひげゼンマイの双方を新たに素材から開発できる高い技術開発力と、ひげゼンマイを調整できる技能士の匠の技があります。

1960年代後半~70年代当時の10振動時計は、主に高精度だけを求められていましたが、今の時代は、長い持続時間と耐久性・耐磁性も求められています。そのニーズに答えるために、大きなエネルギーを生み出す新しい動力ゼンマイと、その限りあるパワーを省エネルギーで効率よく動かすひげゼンマイ、軽量で耐久性のあるがガンギ車・アンクル、これら全ての開発が必要です。最適なエネルギー収支バランスと駆動効率をもった高精度の10振動時計は、このように総合的な技術力によって実現されています。

参考文献

「時計理論マニュアル3 脱進機」 第二精工舎
「時計の話」 平井澄夫 朝日新聞出版
「時計」 山口隆二  岩波新書
「時計の話」 上野益男 早川書房

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