ストップウオッチの誕生
今回から3回で、ストップウオッチとクロノグラフについてご紹介していきます。
1回目となるこの記事では、ストップウオッチ誕生から最初のクロノグラフまでの歴史を取り上げます。
ストップウオッチ / クロノグラフ / クロノメーター
ストップウオッチは、皆さんご存知のように、スポーツなどで経過時間を計る機器です。
一方、時刻を表示する時計にこの機能を組み込んだものは「クロノグラフ」と呼ばれ、複雑時計の一種とされています。 クロノグラフ Chronographは、ギリシャ語で「時」を表すchronosと「書く」「記録する」を表すgraphosを組み合わせた言葉で、「時を記録する機械」を意味します。
似たような言葉にクロノメーターがあります。こちらは、非常に正確な時計を表す言葉で、正確で安全な航海に不可欠だったマリンクロノメーターは、一つの例です。また、スイスの精度認定試験に合格した時計もこう呼ばれています。
ストップウオッチについて簡単に説明します。
現代のストップウオッチは、クオーツ式でデジタルのものが多いですが、最初のストップウオッチは針で表示する機械式でした。いずれにしても、求められる機能は同じです。
1.スタート・ストップが自由にできて、経過した時間を計れること。
2.連続計測のために、針を元に戻す「ゼロリセット」ができること。
3.競技に応じた連続計測時間と最少単位を持っていること。
4.途中経過や複数の競技者のタイムが計れること。
5.精度が高いこと。
以上の5点です。
ストップウオッチの誕生
経過時間を計る必要性は古くからあったようで、時計に経過時間計測機能を追加した記録は17世紀から、ストップウオッチを設計した記録は18世紀からありました。
1695年、イギリスのサミュエル・ワトソンは、内科医ジョン・フロイヤーの依頼で、「フイジシャンスズ パルス ウオッチ」”Physician’s Pulse Watch” (内科医用心拍時計)を作ります。
これは、懐中時計の動きをレバー操作で止めることができるものでした。1/5秒まで計れたそうです。
直進式アンクル脱進器などの発明で時計の進歩に大きな貢献をしたイギリスのジョージ・グラハムは、スタート・ストップ操作ができ1/16秒の精度で経過時間を計れる時計を考案したとされます。
また、フランス人のジャン=モイズ・プザイは1776年、経過時間を紙に記録する機能をクロックに追加する設計図を描きました。
しかし、これらの試みはいずれも実用的な機能を果たすストップウオッチ製作にはいたりませんでした。
世界最初のストップウオッチは、フランスの王政復古の時代の1822年に国王ルイ18世が時計師ニコラ・マチュー=ルイセックに作らせたものとされ、これがごく数年前まで定説となっていました。
この時計の目的は、国王の趣味である競馬で各馬のタイムを記録することでした。
ルイセックのストップウオッチは、現在のものとは相当かけ離れていました。写真の右上のアームに小さなペンがついており、計測時はアームをダイヤルの上に持っていきます。計測を開始するとダイヤルが回転し、馬が走っている間ペンから垂れるインクが文字板上に弧を描きます。この弧の長さでかかった時間が分かる仕組みです。「時を記録する」というクロノグラフの定義に近いものでした。
現在のエッフェル塔の場所にあったシャンドマルス競馬場で彼のクロノグラフが使われ、この時初めて馬の着順だけでなく、それぞれのタイムが記録されました。
塗り替えられた歴史
しかし、2012年5月に、世界的オークションハウス クリスティーがジュネーブで開いたオークションに出品された時計が、この定説を覆すことになります。
ルイセックに先立つこと6年、1816年に同じくフランスのルイ・モワネが、現在のストップウオッチのように経過時間を針の位置で示す時計「コンター・ドゥ・ティエルス」”Compteur de Tierces” (1/60秒カウンター)を作っていたのです。
制作の目的は天文学の研究で、星が望遠鏡のレンズを横切る正確な時間を計ることでした。
この時計の仕様は、ルイセックの時計よりはるかに進んでいるだけでなく、時代を大きく先取りするものでした。
まず驚くことは、1/60秒計であることです。
これは、脱進器が1秒30Hz、1時間に216,000回振動することを意味しています。
現在高振動とされる機械式時計が36,000振動 / 時間で、製造することが相当困難であることを考えると、まさに驚異的です。
ちなみに、これ以上に細かい単位での計測は、100年後の1916年、ホイヤーが作った1/100秒ストップウオッチまで待たなければなりません。
文字板には秒、分、時間のサブダイヤルがあり、中心の針が1/60秒を表示します。
もう一つ先進的な仕組みは、リセット機構です。
ボタンを押すだけで針をゼロ秒にリセットするこの仕組みは、連続してタイムを計るには不可欠ですが、こちらも1844年にアドルフ・ニコルが初めて考案したとされていました。
天文現象を計測する目的で作られたため、持続時間も30時間と大変長いものでした。
従来品を大きく凌駕するとされる12時間持続のホイヤーモンテカルロが作られたのは1958年でしたから、持続時間ではさらに歴史を飛び越えています。
大きさは、直径57.7mmと懐中時計サイズで、キャリッジクロック並みのルイセックの時計よりぐっとコンパクトでした。
ルイ・モワネのクロノグラフは、2016年ギネスブックによって「世界で最初のストップウオッチ」に認定されました。
ストップウオッチのその後の発展
残念なことに、ルイ・モワネの革新的な発明は世の中に知られることがなく、その成果は活用されませんでしたが、進歩は徐々に進んでいきます。
1831年、ブレゲ工房のオーストリア人、ヨーゼフ・タデウス=ヴィンネルがスプリットセカンドを発明します。
スプリットセカンドは、2本の秒針が重なってスタートし、ボタン操作で1本だけを止めることで、途中経過時間 (スプリットタイム) や二人目の競技者のタイムを計ることができる機構です。
19世紀の世界では、ストップウオッチは競馬やスポーツ競技で使われましたが、何より必要とされたのは大砲の着弾地点の測定など軍事の世界でした。
その後、技術と産業の進歩に伴い、自動車や飛行機のスピード計測、更には工場の生産効率の測定など幅広い分野で活用されていきます。
活用範囲が広まるにつれ、普段腕に付けている時計で必要な時だけ経過時間を計りたいという社会的要請も高まっていきます。
しかし、ストップウオッチを一般的な時計に組み込んでクロノグラフを作ることは、至難の業でした。
というのも、動いている時計の動力の一部を計測の時だけストップウオッチ側に伝達し、計測が終われば接続を切る仕組みがなかなか作れなかったのです。
ストップウオッチ側に動力がうまく伝わらなかったり、急激に増える負担に動力側が対応しきれずに時計の精度が落ち、果ては止まってしまうこともありました。
1876年、スイス人のアンリ・アルフレッド=リュグランが、初めてこの課題を解決してクロノグラフを考案して特許を取得し、これを翌77年にアメリカンウオッチカンパニー(ウォルサム)が製品化します。
78年にはロンジンも発売します。
その後ホイヤーなど他社も参入して、様々なクロノグラフが市場に出回るようになります。
参考文献
・Wikipedia: “Stopwatch”, “John Floyer”, “Samuel Watson”
・New Atlas “The stopwatch: 200 years old and still ticking” by David Szondy
・History of Watch “Chronograph - History of Different Types of Chronographs
Youtube « Louis Moinet Compteur de Tierces 1816 chronograph