クロノグラフの歴史

前回から3回で、ストップウオッチとクロノグラフについてご紹介しています。
2回目となるこの記事では、1877年に初めて時計にストップウォッチ機能が搭載されて以降の、クロノグラフの機能と精度の進化の歴史を紐解きます。

クロノグラフの歴史

経過時間を計るストップウオッチができて以来、普段携帯している時計にこのストップウオッチ機能を取り込むアイデア(クロノグラフ)はありましたが、そこには高い技術的なハードルがありました。
ストップウオッチは、スタートと同時にぜんまいのほどける力をそのまま歯車に伝えればいいのですが、クロノグラフの場合、ストップウオッチ機能の動力は、絶えず動いている時計部分から経過時間を計るときだけ伝達し、終われば切り離す必要があります。
19世紀終わりに始まった自動車レース、20世紀初めにできた飛行機および2つの世界大戦によって、クロノグラフの必要性を世界中が感じるようになり、各社も開発を加速させました。

© Hans Weil
© Hans Weil

1876年 スイス人の時計師アンリ・アルフレッド・リュグラン*が動力伝達の問題を解決して世界初のクロノグラフ懐中時計を考案しました。製品としては、アメリカン・ウオッチ・カンパニー(ウォルサム)が1877年に発売したのが最初だと思われます。(写真)直後にタイミング・アンド・リピーティングカンパニー(ジュネーブ)とロンジンも製品化しました。

次の進歩は、途中経過時間(スプリットタイム)や複数の競技者の時間を計る仕組みの発明でした。
1889年にブライトリングがスプリットセカンド(日本語では置針式と呼ぶ)を開発してこの機能を実現しました。ラトラパン(rattrapante)とも呼ばれるこの時計には、中央の秒針が上下にぴったり重なって2本あります。スプリットセカンドのストップボタンを押すと、片方だけが止まります。もう一度押すと動き続けているもう一つに針に瞬時に追いついて、計測を続けます。

© LONGINES
© LONGINES

ここまで、クロノグラフは懐中時計で、いちいち取り出す手間がありました。時間を頻繁にチェックする必要のあるレーシングドライバーやパイロットの中には、懐中時計を腕に括り付けて使っている人もいました。クロノグラフ腕時計が必要なことは明らかでした。
1913年ロンジンが初めてクロノグラフ腕時計を作り、この課題も解決しました。

© TAG HEUER
© TAG HEUER

続いて計時可能な単位を飛躍的に小さくする製品ができました。(写真)
1916年のホイヤーのMikrographは、1秒間に100振動するムーブメントによって1/100秒が計測できるストップウオッチです。(クロノグラフではありません)
クロノグラフの進化は続きます。
1923年ブライトリングはフライバッククロノグラフを開発します。これは計測をストップせずにリセットし、すぐさま次の計測を可能にする仕組みです。
1929年にはロンジンがスプリットセカンドを腕時計で実現します。

1910年代から1930年代、ホイヤーとゼニスをはじめとする各社は、車と飛行機のダッシュボードに組み込むクロノグラフをいくつも開発しました。

1934年にはブライトリングがスタート/ストップとリセットの機能を2つのボタンに分けたクロノグラフを開発します。あわただしい計測の際にミスを防止する仕組みです。今では何でもない事のようですが、当時の時計ケースの気密性は弱く、りゅうずを含めて3つの穴をあけた上で防湿、防塵性を確保するのは大変なことでした。

時計本体だけでなく、文字板の周りのベゼルを機能として使う時計もこの時期にできました。タキメーターは、距離と時間からスピードを割り出す仕組みです。 時計のベゼルに組み込むことで、簡単にスピードが分かるようになりました。 ロンジンやブライトリングは、航空機用に円形計算尺を取り入れて飛行距離や残りの燃料を計算できるようにしました。

第二次大戦中にロレックスは、航空機内の磁気に影響を受けにくい耐磁クロノグラフを開発します。

機械式クロノグラフの仕組み

機械式クロノグラフは、常時動いている時計機構とストップウオッチ機構を機械的に接続させることにより動力を得て、作動する仕組みになっています。
この接続を入れ・切る仕組みは、車と同様にクラッチ(clutchまたはcoupling)と呼びます。クラッチの仕組みには、水平クラッチ(Horizontal Clutch)と垂直クラッチ(Vertical Clutch)、水平クラッチには、キャリイングアーム式(Carrying Arm)と振動ピニオン式(Swing/Oscillating Pinion)があります。水平クラッチは、時計側の動力で常時回転している歯車「トランスミッションホイール」を移動してクロノグラフ側の歯車「クロノグラフランナー」とかみ合わせます。

水平クラッチと垂直クラッチの比較
水平クラッチと垂直クラッチの比較

垂直クラッチは、時計側とクロノグラフ側の歯車が同軸で上下に重なっています。普段は、この二つの間に両側からレバーが入り込み、離していますが、スタートボタンが押されると、レバーが左右に分かれ歯車を押し上げるばねの力で上下の歯車が密着し、一緒に回転するようになります。

スタート・ストップ・リセットを切り替える仕組みには、ピラーまたはコラムホイール式(pillarまたはcolumn wheel)とカム式(Cam)の二種類があります。

最初のクロノグラフが登場してから1920年代までは、クロノグラフは特殊な用途を満たすニッチ商品でした。 その後、精度の高さと技術力を象徴とする商品として人気を集めるようになります。
当時世界の時計の大半を作っていたスイスの輸出統計を見ると、1930年にはクロノグラフは10万個程度で全輸出のわずか1%でしたが、1950年には140万個で8.4%、1959年には320万個でなんと12.4%を占めるに至ります。

高い人気を誇るクロノグラフの次の開発目標は、自動巻きでした。
1920年代に開発された自動巻きは、腕に付けているだけでぜんまいが自動的に巻き上がり止まることがない利便性から、1960年代には機械式時計の標準となりました。
一方で人気のクロノグラフは手巻きのままであったため、次第に売り上げが落ちてきました。人々はクロノグラフのより自動巻きの便利さと先進性を選んだのです。

自動巻きの巻き上げ効率とサイズの問題から、開発はなかなか進みませんでしたが、1969年3社が一度に開発に成功します。

この年の5月にセイコーは、垂直クラッチとピラーホイールを採用した世界で最初の自動巻クロノグラフ「6139スピードタイマー」を発売します。(写真)

ゼニスもこの年に自動巻きクロノグラフ「エルプリメロ」を発表しています。その特徴は10振動という高振動です。1/10秒を計れるクロノグラフは、今でも同社を象徴する製品です。

もう一つは、ホイヤー、ブライトリング、ハミルトンなどの会社が参画した共同開発で、3月に発表しています。手巻きクロノグラフにマイクロローターの技術を融合したクロノマティックと呼ばれるムーブメントは、回転錘が通常とは逆に文字板側にあるというユニークな構成です。
大半の回転錘はトルクを稼ぐためにムーブメント全体に近い径で作られていますが、マイクロローターは径が小さいため、ムーブメントの厚みを薄く収める利点があります。

このように時計各社がこぞって開発した自動巻きクロノグラフでしたが、世間的には徐々に忘れ去られていきます。
同じ年の年末にセイコーが世界初のクオーツ時計を発売し、機械式時計全体が時代遅れとなって行ったからです。

その後、精度を象徴するイメージがあるクロノグラフはクオーツの世界でも開発されました。

1975年にセイコーが世界で初めてデジタルクロノグラフを発売。
応答速度が遅かった液晶で1/10秒を表示することがハードルでした。
1983年には同じくセイコーがアナログクオーツのクロノグラフを発売しました。(写真)

機械式とは違い、時計部分とは別のモーターでストップウオッチ機能を動かします。複数のモーターを動かす消費電力が開発の課題でした。
世界的デザイナーのジウジアーロによる大胆なデザインも注目を集めました。
セイコーはその後、1992年に1/100秒アナログクロノグラフ、1998年に自動巻き発電のキネティッククロノグラフ、2007年にはスプリングドライブクロノグラフを次々と開発します。

ぜんまいで動くスプリングドライブのストップウオッチ機構は、クオーツ式のようにモーターは使用しておらず、ぜんまいの力をセイコー伝統の垂直クラッチとピラーホイールを使用して伝達しています。クオーツや機械式とは違い、針はステップせず滑らかに動くため、ストップした瞬間の経過時間が正確に計れます。

1980年代後半、機械式の魅力が再び注目され、スイスメーカーが相次いで復活を遂げます。
その中でロレックス、オメガ、ロンジン、タグ・ホイヤー(旧ホイヤー)、ゼニスを初めとするメーカーは次々とクロノグラフを投入し、クロノグラフは再び商品群の中心となっていきます。
スイス時計の平均価格が上昇し数量が漸減していく中で、クロノグラフだけは数を伸ばしています。
1990年には100万個以下でスイス時計輸出全体の3.3%でしたが、2000年には420万個で14.2%、2010年には530万個で20.1%を占めるに至りました。
この人気を受けて、各社が意欲的な新製品を投入し、それがまた人気を呼びました。
例を挙げると、
2010年、ゼニスは中央の1/10秒針が10秒で文字板を一周するエルプリメロ ストライキング10thを発売。
2011年にはタグ・ホイヤーが機械式クロノグラフで初めてとなる1/100計、タグ・ホイヤー カレラ マイクログラフを発売。
またタグ・ホイヤーは、2012年に5/10,000秒を計れるマイクロガーターの技術発表をして、世間を驚かせました。
クロノグラフを得意とするムーブメントメーカーがスウォッチグループに吸収されたため、ロレックスやIWCなど、自社でクロノグラフムーブメントを開発するところも現れました。

経過時間を計測する実用機能商品として登場したクロノグラフは、現在ではストップウオッチ機構のメカの複雑さ、からくりの楽しさ、美しさに価値が認められ、高級品の中核的な商品となっています。

1848年スイスに生まれ20歳で渡米。ウィットナウワー社に勤務し、時計ムーブメントの開発に従事した。ムーブメントメーカー レマニア社を設立したアルフレッド・リュグラン(1858年生まれ) とは別人。

参考文献

・別冊Begin クロノグラフ (世界文化社)
・世界の腕時計NO.87 2007年6月20日発行(ワールドフォトプレス)
・SEIKO時計の戦後史 (社内資料)
・セイコーウオッチ商品開発史 (社内資料)
・時計雑誌Watch around 016号(2013) “Swiss Chronograph Industry” by P-Y Donze

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