デジタルストップウオッチ

第一話では、ストップウオッチの誕生からクロノグラフ誕生まで、第二話ではクロノグラフの歴史について話を進めてきました。
第三話となる今回は、ストップウオッチ、なかでもデジタル(式)ストップウオッチを取り上げます。
一般的に、時間計測はアナログ(針)式よりデジタル(数字)式のほうが優れています。
デジタル式は視差誤差がないため正確に時間を読み取ることができ、1/100秒の高精度な計測が容易に可能になります。さらに、メカ機構のない全電子式であるため、コスト的にも耐久性の面でもはるかに優位にあります。そのような理由から現在ではデジタル式ストップウオッチが主流となっています。

世界初のデジタル式ストップウオッチ

セイコー ストップ・クロック(1964年)
セイコー ストップ・クロック(1964年)

世界最初のデジタル式ストップウオッチは、セイコーが1964年東京オリンピックの長距離用計時装置として開発した「ストップ・クロック」でした。
これはセイコーが1963年に東京オリンピックの長距離競技の親時計として開発した世界初の持ち運び可能な卓上水晶時計(クリスタルクロノメーター)と並行して開発されたものです。

ご覧のように、数字表示は現在の7セグメント方式ではなく、時・分・秒・1/10・1/100秒の各桁に0から9までの表示素子が縦に並べられ、その点灯している数字を読み取る方式でした。
電池駆動のため持ち運びができ、屋外での長時間の計測が可能でした。
箱型のケースに時間演算機能が、時計のグリップ部分にスイッチ機構が納められていました。「ストップ・クロック」と名称したのはとても“ウオッチ”と呼べるサイズではなかったためでしょう。
この「ストップ・クロック」は1964年の東京オリンピックのマラソン競技で、アベベ・ビキラ(エチオピア)の驚異的な世界最高タイム(2時間12分11秒2)を計測しました。

世界初の市販デジタル式計時装置(ストップウオッチ)

ホイヤー マイクロタイマー(1966年)
ホイヤー マイクロタイマー(1966年)

世界で初めて市販されたデジタル式計時装置は1966年のホイヤー社の「マイクロタイマー」でした。 計測単位は1/1000秒の高精度を誇る本格的な計時装置でした。
デジタル表示素子には「表示放電管」を採用していたため、消費電力が大きく、ストップウオッチと呼べるサイズではありませんでした。

ホイヤー マイクロスプリット820(1973年)
ホイヤー マイクロスプリット820(1973年)

1973年、ホイヤー社は1/100秒の精度を誇る世界初のポケットサイズのクオーツ・スポーツタイマー「マイクロスプリット820 」を製品化します。
デジタル表示素子にはLED(発光ダイオード)を採用し、電池駆動で持ち運べるポケットサイズまで小型化されました。 しかし、LEDは自発光素子であるため、直射日光下(屋外)では表示を読み取りにくく、消費電力が高いのが難点でした。

ホイヤー クオーツ・スポーツタイマー「マイクロスプリット320」(1975年)
ホイヤー クオーツ・スポーツタイマー「マイクロスプリット320」(1975年)

そして、1975年、ホイヤー社は低消費電力で直射日光下でも読み取りやすい受光型表示ディバイス、「FE型液晶ディバイス」を初めてストップウオッチに搭載した「マイクロスプリット320」を世界に先駆けて商品化しました。
ストップウオッチと呼ぶに相応しいサイズと機能を実現した本製品は、縦長のユニークなデザインが与えられ、先進的なストップウオッチとして登場しました。

セイコー デジタルストップウオッチ8700(1976年)
セイコー デジタルストップウオッチ8700(1976年)

セイコーは翌年の1976年、デジタルストップウオッチ(8700)を商品化します。
片手で確実にボタン操作ができるよう円形のデザインを採用し、1/100秒計で電池寿命1,000時間の長寿命設計の商品でした。
高精度の時間計測を実現するため、新開発の512,000Hzの水晶振動子を搭載しました。
スプリット(途中経過時間)機能とラップ(区間経過時間)機能の2つの経過時間の計測機能を装備した本格的なストップウオッチでした。

セイコー セイコーLCクロノグラフ(1975年)
セイコー セイコーLCクロノグラフ(1975年)

なお、前年の1975年、セイコーは世界で初めてデジタルクロノグラフ「セイコーLCクロノグラフ(0634)」を発売しました。ストップウオッチ機能を搭載した本製品はデジタルウオッチの多機能化の先駆けとなりました。

デジタルストップウオッチの進化

ストップウオッチは全電子式という特徴をフルに活かし、大きく進化していきます。
ここからは、セイコーのストップウオッチの進化について説明します。

プリンター付きシステムストップウオッチの登場

1983年、セイコーは世界初のプリンター付きストップウオッチ(システムストップウオッチ)を商品化しました。 開発の狙いは1964年の東京オリンピックで活躍した「プリンティングタイマー」の大衆化でした。

セイコー プリンター付きシステムストップウオッチ(1983年)
セイコー プリンター付きシステムストップウオッチ(1983年)
セイコー プリンティングタイマー(1964年)
セイコー プリンティングタイマー(1964年)

ストップウオッチには「スプリット」「ラップ」「累積時間」の3つの時間を一括表示できる大型ディスプレーを採用、プリンターには小型・低消費電力の感熱式プリンターを搭載し、ケーブルで繋ぐだけで簡単に計測データーを印字することができます。
セイコーシステムストップウオッチは従来のストップウオッチを「時間の計測」機能から「計測データーの管理・科学的分析」機能へと大きく進化させました。

通信機能付きシステムストップウオッチ (セイコータイミングサポートシステム)

セイコー タイムジャック(1996年)
セイコー タイムジャック(1996年)

そして、1996年に世界で初めてトランシーバー(特定小電力)を搭載したストップウオッチ「タイム・ジャック(Time Jac)」を製品化します。
一台のタイムジャックからスタート信号を飛ばし、複数のタイムジャックを同時にスタートさせるリモート機能やグループ化された複数のタイムジャック間での秘話機能を搭載しており、スキーなどのスタートとゴールが離れている競技に特に威力を発揮します。

セイコー タイムポケット(1997年)
セイコー タイムポケット(1997年)

さらに、翌年の1997年には計測したデーターを瞬時にパソコンに転送できる「タイムポケット(TimePocket)」を製品化、高度な計測データーの管理や分析・グラフ化等が可能になりました。

ストップウオッチの新しい用途

工業用ストップウオッチ (デシマル)

セイコー プリンター付きシステムストップウオッチ(1983年)
セイコー プリンター付きシステムストップウオッチ(1983年)

1983年、工業用のプリンター付きストップウオッチ「デシマル(100割計)」を発売します。
1分間(60秒)を100分割した長さを1秒とし、100秒で1分になるようしたストップウオッチ(60進法を10進法に変換し、時間計算分析を容易にした)。
企業の製造ラインの時間研究・工程分析など、IE(インダストリアル・エンジニアリング)の現場で活躍しました。 

音楽・放送用ストップウオッチ

セイコー サウンドプロデューサー (左)初代S301(1984年) (右)二代目S351(1995年)
セイコー サウンドプロデューサー (左)初代S301(1984年) (右)二代目S351(1995年)

1984年、60進法計算機能が搭載された「セイコーサウンドプロデューサー」が発売されます。この製品は音楽・放送・映画製作現場の時間管理に活躍し、関係者の必需品になっています。もともとは、当時流行していたFM放送の録音用の60進法計算機として企画されましたが、操作性の簡便さと首から提げる携帯性が評価され、製作現場ではなくてはならない道具となっています。1995年にモデルチェンジしますが、30数年のロングセラー商品となっています。

減算タイマー

セイコー タイムキーパー S321(1984年)
セイコー タイムキーパー S321(1984年)

セイコーは1984年、サッカー・バスケットなど、競技時間の残り時間を計測するためのスポーツ用タイマーとして「セイコータイムキーパー」を商品化しました。
殆どのスポーツの競技時間をワンタッチで設定できるロータリースイッチを採用、その簡便さが受け入れられ、スポーツ用だけでなく、学校や家庭用のタイマーとして幅広く使用されています。発売以来、30数年のロングセラー商品となっています。

最新のタグ・ホイヤー デジタルストップウオッチ

タグ・ホイヤー ポケット プロ(2014年)
タグ・ホイヤー ポケット プロ(2014年)

最後に、デジタルストップウオッチを開拓してきたタグ・ホイヤーの最新のストップウオッチ「ポケット プロ(Pocket-Pro)」を紹介します。
2014年に発売されたこの製品の特徴は、スポーツ競技/分野別に特化した9種類が用意されており、各々の競技/分野に最適な専門タイミングモードを装備した本格的なデジタルストップウオッチであることです。
USBコネクターでPCにリンクし、無償アプリのダウンロードにより、容易にタイミングデーターの保存・分析が可能になっています。

最後に

三回にわたってお送りしたクロノグラフとストップウオッチ歴史、いかがだったでしょうか。
クロノグラフ、特に機械式は依然として複雑時計の花形です。今後も興味深い製品が登場することでしょう。
スポーツ大会の計時は、計時システムで行うようになりましたが、練習ではいまだにストップウオッチが使われています。今後どのような発展があるのでしょうか。

参考文献

関連する展示品・収蔵品

デジタルストップクロック
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