腕時計の電子化

ロードマーベル36000
ロードマーベル36000

1950年代後半から、スイスでは時計の精度を競う「天文台コンクール」において、各社が時計の高精度化にしのぎを削り始めました。精度向上のために、テンプの振動数を高める必要がありますが、それには強い動力ゼンマイが必要になります。また、各歯車の回転数も早くなるため、部品の摩耗が進む原因にもなります。そこで、強力な動力ゼンマイや耐久性の高いひげゼンマイ、素早い動きでも簡単に飛び散ってしまわない潤滑油、小さな力で滑らかに駆動する精度の高い部品などが開発されていきました。そして60年代に入り、8振動時計が市販品としても広まります。鉄道の発達や工場生産管理高度化により、精度競争は更に激しさを増していきました。

激化する精度競争の中、1966年にスイスのジラール・ペルゴーが世界初の量産10振動腕時計を発売します。それに続き、セイコーも、1967年に「ロードマーベル36000」、1969年「グランドセイコーV.F.A」の10振動腕時計を発売。1970年までの間に各社がこぞって10振動腕時計を市場に投入しました。しかし、時計業界の精度追求は機械式時計に留まりませんでした。「腕時計の電子化」の熾烈な開発競争が始まります。1957年、米国ハミルトンによる「テンプ駆動式電池腕時計」、1960年ブローバが開発した音叉時計「アキュトロン」の発売で、世界の時計業界に衝撃が走ります。ブローバの音叉時計は360Hz、日差わずか2秒でしたが、更に高精度の時計を追及して、時代は「クオーツ」へと向かいます。

クオーツ時計の開発

「クオーツ時計」とは、電圧を加えると正確に振動するクオーツ(水晶)の性質を生かした時計です。1927年にアメリカでマリソンが発明し、日本では1937年に古賀逸策が国産第一号のクオーツ時計を開発しました。従来の振り子やテンプの代わりに、水晶振動子の正確な振動数を時間の基準にすることで、格段に精度を高めることができました。

セイコーはクオーツ時計の小型化・実用化に取り組みます。1958年に放送局用水晶時計を開発し、1959年に納入していますが、大型ロッカー並みのサイズで、腕時計サイズにするには体積で30万分の1にする必要がありました。同年、社内にプロジェクトを発足して、テンプ駆動式・音叉時計・クオーツ時計など各方式の研究に取り組みました。最も開発難易度は高いが、最も精度の高いクオーツ方式を将来の本命技術と定め、その開発に集中していきます。

1960年、セイコーは1964年開催の東京オリンピックで公式計時を担当する意思を固め、オリンピック用の卓上型クオーツ時計の開発に拍車がかかります。卓上型の一号機が完成したのが1962年、以降改良され1964年にクリスタルクロノメーターが発売され、東京オリンピックで親時計として活躍します。1966年に懐中型、1967年に腕時計のプロトタイプが完成。直ちに1960年代での商品化方針が打ち出され、開発が一気に加速しました。

世界初のクオーツ腕時計の誕生

セイコークオーツアストロン35SQ
セイコークオーツアストロン35SQ

そして、1969年12月25日に世界初のクオーツ腕時計「セイコークオーツアストロン35SQ」を発売します。価格は45万円と当時の大衆車と同等の価格でした。それまで一般の高精度な機械式腕時計で日差数秒から数十秒が当たり前であった時代に、日差±0.2秒、月差±5秒という飛躍的な精度の向上を実現しました。

この開発によって特許権利化した技術を公開したことで、クオーツ腕時計は劇的に普及します。小型・低消費電力で耐衝撃性に優れた「音叉型水晶振動子」、省電力化するため秒針を1秒刻みにした「ステップ運針」、コイル、ステータ、ロータを分散配置して省スペース化を可能にした「オープン型ステップモーター」。これらの技術を採用したセイコー方式は、世界標準となりました。ちなみに、クオーツアストロンの水晶振動子の振動数は8,192Hzでしたが、その後のクオーツ時計は32,768Hzの振動が標準となっています。

セイコーは、その偉業がIEEE(米国電気電子学会)に認められ、革新企業賞(2002年)とマイルストーン賞(2004年)をダブル受賞しています。また、クオーツアストロンは、米国スミソニアン博物館に永久展示され、2014年には日本の機械遺産に認定されました。2018年には、独立行政法人国立科学博物館が認定する2018年度「重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)」にも登録されています。

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