現代につながるレバー脱進機
1756年頃、イギリス人のトーマス・マッジは、現代の脱進機にも繋がる、「分離式レバー脱進機(ラチェットトゥース・レバー脱進機)」を発明します。
彼は、グラハムのもとで修行して時計職人になりますが、グラハムが発明した懐中時計用のシリンダー脱進機は加工が難しかったので、グラハムのクロック用のデッドビート脱進機を、ウオッチ用に応用しようと考えたのです。
クロックと違いウオッチでは、持ち運びをする際のテンプへの衝撃や摩擦を最小限にしないと精度が向上しませんが、彼はそれらをより減らすために、デッドビートでは直接振れているテンプとガンギ車を分離して、間接的に連動するためのレバーを間に組み込みました。
また摩耗の激しい爪の先端部分には、ルビーやサファイヤなどの貴石を使い、精度の維持・向上をはかりました。
現代のクラブトゥース脱進機に応用される画期的な発明
この構造は、シンプルでありながら部品を高い精度で大量に生産するのに向いており、生産の難しい二重脱進機に替わって、その後クラブトゥース(ゴルフのクラブヘッド状の歯)・レバーをもつ「クラブトゥース脱進機(スイスレバー脱進機)」にも応用され、大きく普及して、その流れは現代にも続いています。
英国式ともいわれるラチェットトゥース・レバー脱進機は、ガンギ車の歯先が尖っており、点でアンクルの爪石に作用するために、歯先も爪石も摩耗しやすいという短所がありましたが、スイス式のクラブトゥース・レバーは、ガンギ車の衝撃をクラブトゥースの面で吸収するために摩耗が少なく、爪石調整が可能で精度も安定するという長所があったために、形状としては、クラブトゥースに切り替わっていったのです。
いずれにしても、その基となったマッジのレバー脱進機は、時計工業の発展においては、機械式ウオッチに生産革命を起こした画期的な脱進機でした。
産業革命は、ジェームス・ワットが発明した蒸気機関の実用化が成功した1775年に始まるといわれていますが、それに先立つこと、約20年も前に、現代の時計工業の発展の原点になった、大量生産向きのレバー脱進機が発明されていたことは、より早い産業革命の開始を示唆する意味で、とても興味深い話です。
参考文献
「調速機 時計理論マニュアル4」 第二精工舎 F
「時計のはなし」 平井澄夫 朝日新聞出版サービス
「時計」 山口隆二 岩波新書