キリスト教の浸透と時計

鐘時計
鐘時計

中世ヨーロッパは長い争乱の時代であったこともあり、救世主が待望されてキリスト教がヨーロッパ全土に浸透していきます。各地に教会や修道院が出来て、朝昼夜の1日3回、あるいは3時間おきごとに、手で突いて鐘を鳴らす習慣も始まりました。

時刻ごとに祈祷時間や労働、読書などが厳格に決められていた修道院では、そういった宗教行事の戒律・作法を修道僧にきっちりと守らせる必要がありました。号令をかける時刻を知らせるために、クルプシドラ(水時計)や、日時計、砂時計、目盛りのついたろうそく時計などを広く使用して時間を測り、15分や30分単位で鐘や呼鈴を鳴らしていたようですが、手間がかかるので、時間がくれば自動的に鐘のなる時計への要望が高まっていきます。

クルプシドラ
クルプシドラ
日時計
日時計

日時計

水時計

砂時計
砂時計
ろうそく時計
ろうそく時計

砂時計

燃焼時計

最初の機械式塔時計の誕生

市庁舎の塔時計
市庁舎の塔時計

そして、ルネッサンス期の1300年頃に、機械で自動的に鐘の時打ちが可能な世界で初めての機械式の時計が、修道院や教会の塔の上に出来たといわれています。
時計と鐘の動力に錘を使用していたので、錘がすぐに下に落ちて歯車が止まらないように、高い塔の上に時計を設置して、錘の歯車に調速脱進機構をつくって、ゆっくりと錘のついた歯車を一定の速さで回していたのです。
当時の時計の最大の役割は、このように宗教活動のために修道士に定期的に時間を知らせる事でしたが、塔の上から大きな鐘の音が辺りに響きわたったことで、修道院での時刻がその周りに住んでいる人たちにとっての公共の時刻となり、やがて社会全体の時刻に変わっていきます。
ちなみに、機械式時計のことを「クロック」というのは、ラテン語で鐘をCloccaというところからきています。

時計進化年表(機械式時計編)

不定時法から定時法へ

1時間に1回、定時に規則正しく時刻の数だけ鐘をならす機械式塔時計は、キリスト教会の主導によって、イタリアからアルプスを越えて、14世紀に、ドイツ、フランス、イギリス等に広がり、その後、ヨーロッパ全土の都市の教会・修道院に広がったといわれています。15~16世紀になって、市庁舎や市場などの公共広場にも公共用時計として機械式塔時計が設置されるようになると、都市の市民たちは、定時法に沿った時間で秩序ある生活を営むようになります。
16世紀後半になると時計の精度も改善して、ある程度正確に時を打つ機械式時計が各都市に普及し、都市で生活をする市民の時間に対する意識も変わり、行動範囲も広がっていきます。それによって、ヨーロッパでは不定時法から定時法への大転換が起こるのです。
これは、中世後半には、農村ではまだ自然のリズムに従って、季節によっても場所によっても時間の長さの違う自然な生活をしていた一方で、都市では人工の機械式時計が刻む、年中一定の時間をもとに生活をし始めたことを意味します。

時間意識の革命

もともと、キリスト教における時間とは神が支配するものなので、時間を売って利益(利子)を得る行為は神を冒涜するというのが教会側の立場でしたが、機械式時計で定時法による生活が始まると、都市の商人・職人たちの間には、商工業生産と労働時間との間に価値の概念が生まれ、教会勢力との対立が生まれたのです。
つまり、商品の価値は、人間の能力とその生産に費やされる時間によって決定されるので、時間は神から離れた客観的なものであり、定時法をもとに組織的・計画的に時間を利用して利益追求をしていくことが正当化される、という時間労働に関する市民共同体の大きな意識の変化、一大革命が起こったのです。
こうして機械式時計は、自由都市を支配する商人達の社会政治的な支配の道具となり、時間は、彼らにとって正確に計られなければならない貨幣となって、やがてそれが近代資本主義に転化されていきます。

初期資本主義の成立

エリザベス1世
エリザベス1世

エリザベス1世治世下のイギリスで1563年に早くも、全国的な労働者の時間当たりの賃金規定を定めた「徒弟法」が出来ます。
こうした動きによって、時間は、共同体のものから個人のものとなりますが、当時まだまだ高価で貴重な時計を所有できたのは、裕福な王侯貴族・ブルジョワだけでしたから、16世紀後半頃から、時計の所有者・時間の管理者であるブルジョワが、時間=賃金の決定権を持つことで資本主義が成立していきます。
懐中時計の普及が、富裕なブルジョアの家庭から中産階級の家庭に広がるのは、時計の大量生産が始まる18世紀後半に入ってからであり、それまでは、ブルジョワが、時間をごまかしたりしながら、労働者に長時間労働を強いて、時間を支配していました。

資本主義とは、生産手段を持つ資本家が、生産手段を持たない賃金労働者を使用して利潤を追求する社会システムですが、そこには時計による時間の管理が重要な役割を果たしていたのです。

参考文献

「時計のはなし」平井澄夫 朝日新聞出版
「時計の社会史」角山 栄 中公新書
「時計」    山口隆二 岩波新書
「時計の話」  上野益男 早川書房

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